「シビックと走ると、道が広くなる。」
1972年、ホンダのエンジニアたちが世界に叩きつけた答えがシビックだった。CVCCエンジンがアメリカのマスキー法をクリアしたニュースは、日本の自動車産業への見方を変えた。コンパクトなのに室内は広く、燃費がよくてよく走る——石油ショックの時代に、若者の財布と気持ちにぴったりはまった一台。免許を取って最初の車がシビックだったという人、恋人を乗せてドライブした助手席の記憶を持つ人、家族で旅行の荷物を積み込んだ人。ベージュとオレンジのツートンカラーが街を走るたびに、あの時代の空気が窓を開けて流れ込んでくる気がする。
ホンダ シビック 初代とは。 ホンダ・シビック初代とは、本田技研工業が1972年に発売したコンパクト乗用車であり、コンパクトなボディに広い室内空間と低燃費を両立し、1975年には独自のCVCCエンジンにより触媒コンバーターなしで米国マスキー法の排ガス基準を世界で初めてクリアした量産車として知られる。
「ホンダ シビック 初代」を他のサービスで
A. 1972年7月に日本国内で発売された。
A. Compound Vortex Controlled Combustion(複合渦流調速燃焼)の略で、ホンダが独自開発した希薄燃焼技術。触媒コンバーターを用いずに米国マスキー法の排ガス基準をクリアし、1975年の「シビックCVCC」に搭載された。
A. 1970年に米国で制定された大気浄化法改正の通称。自動車の排ガス規制を大幅に強化したもので、多くのメーカーが当初対応困難と表明した。
A. 1973年の第一次石油ショックで燃料価格が急騰した際、初代シビックの優れた燃費性能が再評価され、販売台数が伸びた。
A. 1979年まで生産され、その後2代目シビックへフルモデルチェンジした。
Q. マスキー法とは何か?
A. 1970年に米国で制定された大気浄化法改正の通称。排ガス規制を大幅に強化し、世界の自動車メーカーに多大な影響を与えた。
A. 1973年にOAPECの石油禁輸措置を契機に起きた原油価格の急騰。日本経済にも深刻な打撃を与え、省エネ・低燃費車への需要を高めた。
A. 1976年にホンダが発売した中型乗用車。シビックに続くホンダの主力モデルとして国内外で人気を集めた。
A. 1979年に登場した2代目シビック。初代の基本思想を継承しつつ、ボディサイズや快適性を向上させたモデル。
まだ記憶が投稿されていません。最初の記憶を投稿しよう!
同じシリーズの作品たち
あの頃一緒に流行っていたもの