1965年(昭和40年)生まれ/巳年(へび)/今年で61歳になる世代 / 団塊の世代の弟妹/新人類世代の入口
いざなぎ景気の入口で、ベトナム戦争が本格化し、日韓基本条約が結ばれた年。
| 西暦 | 1965年 |
|---|---|
| 和暦 | 昭和40年 |
| 干支 | 巳年(へび) |
| 今年の年齢 | 61歳(誕生日前なら60歳) |
| 小学校入学 | 1971年(6歳) |
| 小学校卒業 | 1977年(12歳) |
| 中学校卒業 | 1980年(15歳) |
| 高校卒業 | 1983年(18歳) |
| 二十歳 | 1985年 |
| 大学卒業 (4年制) | 1987年(22歳) |
1965年(昭和40年)は、戦後日本の長期繁栄「いざなぎ景気」が始まった年として記憶される。前年の東京オリンピック後の反動不況のなか、山一證券に対して日本銀行特別融資が5月に発動され、戦後初の戦時立法以来となる赤字国債発行が決まった。一方で6月22日には日韓基本条約が東京で調印され、戦後二十年を経た隣国との国交が正常化した。
国際情勢ではベトナム戦争が本格化した年で、2月に米軍が北ベトナムへの爆撃「北爆」を開始、地上部隊の派遣も拡大した。社会では交通事故死者数が年間1万人を超える「交通戦争」が深刻化、佐藤栄作首相が8月に戦後の首相として初めて沖縄を訪問し「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、戦後は終わらない」と語った。スポーツではプロ野球で巨人が日本シリーズを制し、V9の幕開けとなった。
文化面ではテレビアニメの量産化が進み、TBS『オバケのQ太郎』、フジ『宇宙少年ソラン』『宇宙エース』、NETの『W3』など国産アニメが並走。深夜帯では日本テレビ『11PM』が11月に放送開始し、大人向けの深夜放送という枠を切り開いた。歌謡界では加山雄三の『君といつまでも』が大ヒット、ベンチャーズ来日でエレキブームが沸騰し、エレキギターを抱えた若者が「不良」と呼ばれた時代でもあった。
▼ 主な出来事
▼ この年の流行語・キーワード
▼ 1965年のインデックス
小学生時代(1971〜1977年)は、高度経済成長の最終局面とオイルショックを子供時代に経験した世代の原風景にあたる。1971年9月にカップヌードルが発売され、72年2月の連合赤軍によるあさま山荘事件はテレビ中継視聴率が89.7%に達した。同年5月の沖縄返還、9月の日中国交正常化と、教科書の戦後史がリアルタイムで書き換えられていった。
テレビは1971年4月放送開始の『仮面ライダー』が変身ブームを巻き起こし、駄菓子屋では「ライダースナック」のカード集めが社会問題化した。マンガはちばてつや『あしたのジョー』、ジャンプの『ハレンチ学園』『侍ジャイアンツ』、講談社の『タイガーマスク』が並走。アニメは『ルパン三世』(1971)、『マジンガーZ』(1972)、『科学忍者隊ガッチャマン』(1972)、『宇宙戦艦ヤマト』(1974)と、後の文化を作る作品が次々に生まれた。
1973年10月の第一次オイルショックは、トイレットペーパー騒動として小学生の記憶にも刻まれた。74年に長嶋茂雄が引退、75年には広島カープが球団創設26年目で初優勝。学校では『およげ!たいやきくん』(1975)が給食の時間に流れ、1976年7月のロッキード事件で田中角栄前首相が逮捕されたニュースが家庭の食卓を覆った。
中学生時代(1978〜1980年)はピンクレディーの絶頂期からYMOの登場まで、歌謡曲の地殻変動と重なる。1978年9月に王貞治が通算756号本塁打を放ち、6月にはサザンオールスターズが『勝手にシンドバッド』でデビュー。タイトーの『スペースインベーダー』が街角の喫茶店をインベーダーハウスに変え、100円玉が市中から消えたと言われた。
1979年は第二次オイルショックと、ソニー『ウォークマン』7月発売の年。音楽が個室から外へ持ち出される体験が始まった。松田聖子が1980年4月に『裸足の季節』でデビュー、原宿では竹の子族が日曜の歩行者天国を埋めた。1980年9月のジョン・レノン来日のニュースから、12月8日の射殺事件まで、世界の同時代性が10代の生活に直接届くようになった頃でもある。
高校生時代(1981〜1983年)は、家庭にパソコンとゲーム機が同時に流れ込んだ時期。1981年にNECのPC-8801、富士通FM-7、1983年7月に任天堂ファミリーコンピュータと、後の80年代カルチャーの装置が出揃った。同年6月には東京ディズニーランドが浦安に開園、7月にはCDプレーヤーが市販化され、レコードからデジタルへの移行が始まった。
テレビでは1981年9月『ザ・ベストテン』を頂点に歌番組が黄金期を迎え、松田聖子・中森明菜・たのきんトリオがランキングを分け合った。1983年4月にはNHK朝ドラ『おしん』が放送開始、最高視聴率62.9%を記録した。映画は1982年公開のスピルバーグ『E.T.』が国内でも記録的ヒット、1983年8月の日航123便墜落の前年、まだ高度経済成長の延長線上で消費が膨らんでいた時期だった。
▼ このころのインデックス
二十歳前後(1984〜1987年)はバブル景気の助走期と重なる。1985年9月22日のプラザ合意で円高が一気に進み、輸出企業の打撃と裏腹に国内消費と地価が膨らんでいった。1985年8月12日の日航123便墜落事故、3月のつくば科学万博、4月の電電公社・専売公社民営化(NTT・JT発足)と、社会の枠組みが連続して書き換えられた。
文化面では1984年3月『風の谷のナウシカ』公開で宮崎駿が一般層に届き、同年からの『キャプテン翼』『北斗の拳』『キン肉マン』連載でジャンプが600万部体制へ向かった。音楽は中森明菜と松田聖子が拮抗、1985年デビューのチェッカーズ・吉川晃司・尾崎豊が同世代に支持された。1986年5月に男女雇用機会均等法が施行され、4年制大学を卒業した女性が「総合職」として企業に入る最初期のコホートでもあった。1987年4月には国鉄が分割民営化されJR各社が発足し、入社2〜3年目の新入社員はちょうど「新人類」と呼ばれた世代だった。
▼ このころのインデックス
1964年に生まれた人物。学年では1年先輩にあたる人たち。
1966年に生まれた人物。学年では1年後輩にあたる人たち。
A. 1965年(昭和40年)生まれの方は、今年で61歳になります(誕生日を迎えていない場合は60歳)。
A. 1965年は昭和40年にあたります。
A. 1965年生まれは巳年(へび)です。
A. 標準的には小学校入学が1971年、中学校入学が1977年、高校入学が1980年、二十歳になるのが1985年です。
A. 日韓基本条約調印(6月22日)、アメリカ軍による北爆開始(2月)、山一證券への日銀特別融資(5月)、佐藤栄作首相の戦後初の沖縄訪問(8月)、いざなぎ景気始まる、11PM放送開始(11月)、加山雄三『君といつまでも』大ヒット、朝永振一郎ノーベル物理学賞受賞。
A. 1971〜1977年にかけて、LSIゲーム、エースをねらえ!、カップヌードル、サッポロ一番、ステレオなどが流行しました。
A. 1980〜1983年にかけて、Dr.スランプ、いすゞ ビッグホーン、インディ・ジョーンズ、エスパー魔美、カップ麺ブームなどが流行しました。
A. 1965年(昭和40年)生まれは一般に団塊の世代の弟妹/新人類世代の入口と呼ばれる年代に含まれます。