「卒業」
リーゼントに整髪料をたっぷり塗り込んで、短ランの裾をひっぱり、ボンタンのポケットに手を突っ込む——それが1980年代前半の「反抗の制服」だった。横浜銀蝿の「ぶっちぎり」がラジカセから流れ、尾崎豊が「夜の校舎窓ガラス壊してまわった」と歌う。校内暴力、バイク、たばこ——大人が怖がるものを全部まとって歩くことが、管理教育への唯一の返答だったのかもしれない。ツッパリは不良文化であると同時に、あの時代の中高生が自分の輪郭を確かめるための言語だった。今では笑い話になるリーゼントに、当時どれだけ本気の気持ちを込めていたか。
ツッパリとは。 ツッパリとは、1970年代末から1980年代にかけて日本の中高生の間に広まった反抗的・不良的なスタイルと生き方の総称で、リーゼント・短ラン・ボンタンを特徴とする服装・髪型と、管理教育への反発意識を背景に持つ若者文化である。
「ツッパリ」を他のサービスで
A. 1980年代の日本で不良少年・不良少女を指した俗語で、反抗的な態度・服装・髪型を特徴とする若者文化全般を指す。
A. 男子は整髪料で固めたリーゼント、丈を短く詰めた詰め襟学生服(短ラン)、太もも部分が膨らんだズボン(ボンタン)が典型的なスタイルだった。
A. 1980年代前半を中心に流行し、1983年(昭和58年)頃がピークとされる。1988年頃にはほぼ終息した。
A. ほぼ同義で使われることが多いが、「ツッパリ」は主に1980年代前半に使われた呼び名で、その後「ヤンキー」という呼称が広く定着した。
A. 横浜銀蝿は1980年代前半にツッパリファッションとロカビリー調のサウンドで人気を博し、ツッパリ文化を象徴するバンドとして広く認知された。
A. 尾崎豊は1983年のデビュー以降、管理教育や社会への反抗をテーマにした楽曲で当時のツッパリ世代に強く支持された。
A. 横浜銀蝿は1980年代前半に活躍したロカビリーバンドで、ツッパリファッションとサウンドで同時代の若者文化を象徴した。
A. 尾崎豊(1965-1992)は1983年にデビューした日本のシンガーソングライターで、管理教育への反抗や10代の苦悩を歌い、ツッパリ世代に絶大な共感を得た。
A. 1982〜1983年頃に全国的に深刻化し、文部省の実態調査や報道が相次いだ。ツッパリ文化の隆盛と密接に関連した社会問題として記憶される。
A. リーゼントは整髪料で側頭部の髪を後頭部へ流してまとめた髪型で、1980年代のツッパリ文化を象徴するスタイルとして知られる。
マックスラガーで2タックのズボンを買ってた。