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「3枠に3000点!」
クイズダービー
土曜の夜七時半、巨泉さんの「さあ参りましょう」で幕が開く。はらたいらの鉄板ぶり、竹下景子の三択女王、そして篠沢教授にまさかの全額——テレビの前で家族が本気で悩んで、当たれば歓声、外れれば溜息。ロート製薬の目薬のCMを挟んで、最終問題の倍率に身を乗り出した。賭けるというスリルを、お茶の間で初めて覚えた夜。
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クイズダービーとは。 クイズダービーとは、1976年1月3日から1992年12月19日までTBS系列で毎週土曜日夜に放送されたクイズ&ゲーム番組である。司会を大橋巨泉が務め、ロート製薬の一社提供で全862回放送された。
「クイズダービー」を他のサービスで
A. 1976年1月3日から1992年12月19日まで、TBS系列で17年間放送された。総放送回数は全862回。
A. 大橋巨泉が全放送期間を通じて司会を務めた。
A. ロート製薬が放送開始から終了まで一社提供を継続した。
A. 毎週土曜日19時30分から20時(JST)に放送されていた。
A. 漫画家・エッセイストのはらたいらはレギュラー解答者として出演し、高い正答率で知られた。
A. 三択問題での高い正解率から「三択の女王」と呼ばれた。
A. 篠沢秀夫は学習院大学教授(フランス文学)で、クイズダービーのレギュラー解答者として出演した。
「確かに。ギャンブル要素はスーパーヒトシくんよりもクイズダービーです先に体感してた。」
— 匿名 (1977年生まれ)
Q. 大橋巨泉とはどんな人物?
A. 大橋巨泉はテレビ司会者・タレント・著述家。クイズダービーの顔として17年間司会を務め、昭和を代表するマルチタレントとして知られる。
Q. はらたいらとはどんな人物?
A. はらたいらは漫画家・エッセイスト。クイズダービーのレギュラー解答者として長年出演し、その高正答率で「鉄板」と称された。
Q. 竹下景子の代表的な活動は?
A. 竹下景子は女優。クイズダービーへの出演で「三択の女王」として全国的に知られ、映画・ドラマでも幅広く活躍した。
Q. ロート製薬はクイズダービーとどんな関係?
A. ロート製薬は番組開始の1976年から終了の1992年まで、17年間にわたりクイズダービーの一社提供スポンサーを務めた。
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「3枠に3000点!」
土曜の夜七時半、巨泉さんの「さあ参りましょう」で幕が開く。はらたいらの鉄板ぶり、竹下景子の三択女王、そして篠沢教授にまさかの全額——テレビの前で家族が本気で悩んで、当たれば歓声、外れれば溜息。ロート製薬の目薬のCMを挟んで、最終問題の倍率に身を乗り出した。賭けるというスリルを、お茶の間で初めて覚えた夜。
確かに。ギャンブル要素はスーパーヒトシくんよりもクイズダービーです先に体感してた。
同じテーマで繋がる記憶
「ちょっとだけよ、あんたも好きね。」
「タケちゃんマン!」
「座布団一枚!」
「この紋所が目に入らぬか!」
「今夜の一位は、誰だ。」
「生放送のあの緊張感が、音楽だった。」
「ニューヨークに行きたいかー!」
あの頃一緒に流行っていたもの