「ボディコンで踊ろう。」
体のラインを隠さない、むしろ見せるために作られたニットワンピース。ジュリアナ東京のお立ち台で扇子を広げ、照明に浮かび上がるシルエットは、バブル景気そのものの形をしていた。CanCamやnonnoの誌面を飾ったお姉さんたちは、自分の体を堂々と武器にしていた——あれは開放感だったのか、高揚感だったのか。ユーロビートのビートが床から伝わって、スモークの匂いが漂って、汗と香水が混ざり合う。ボディコンは単なる服ではなく、あの時代の女性たちが選んだ「自信の宣言」だったような気がしてならない。
ボディコンとは。 ボディコンとは、ニットなど体に密着する素材を使い、ボディライン(体の輪郭)を隠さずに強調するよう設計されたファッションスタイルおよびその衣服の総称である。「ボディ・コンシャス(Body Conscious)」の略称で、1980年代後半の日本においてバブル景気を背景に広く流行した。
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A. 「ボディ・コンシャス(Body Conscious)」の略。体に密着する素材でボディラインを強調する衣服、またはそのファッションスタイルを指す。
A. 1986年頃から流行が始まり、バブル景気の絶頂期にあたる1980年代後半〜1990年代初頭に最盛期を迎えた。1993年頃に下火となった。
A. 1991年5月に東京・芝浦に開店したディスコ「ジュリアナ東京」のお立ち台で、ボディコン姿の女性が扇子を持って踊る光景が社会現象化し、バブル時代を代表するビジュアルとして定着した。
A. バブル景気による消費拡大と女性の社会進出・自己表現意識の高まりを背景に、自らのボディラインを積極的に見せるスタイルが支持された。
A. バブル経済崩壊(1990〜1991年)後の価値観の変化とともに衰退し、1993年頃にブームが終焉した。
A. 1991年5月から1994年8月まで東京・芝浦に存在したディスコ。ボディコン姿でお立ち台に上がる女性の姿がバブル時代の象徴として広く知られる。
A. 1986年頃から1991年にかけての日本の急激な資産価格上昇と好景気の時期。消費文化・ファッション・エンターテインメントに多大な影響を与えた。
A. 1980〜1990年代にヨーロッパ発で日本でも人気を博したダンスミュージックのジャンル。ボディコン文化のクラブ・ディスコシーンを代表するBGMとして知られる。
A. ディスコやクラブに設置された高台のステージ。ジュリアナ東京のお立ち台はボディコン姿で踊る女性の象徴的な場として有名になった。
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