1955年(昭和30年)生まれ/未年(ひつじ)/今年で71歳になる世代
高度経済成長の助走が始まり、自由民主党が結党され、力道山が空手チョップで街頭テレビを沸かせた年。
| 西暦 | 1955年 |
|---|---|
| 和暦 | 昭和30年 |
| 干支 | 未年(ひつじ) |
| 今年の年齢 | 71歳(誕生日前なら70歳) |
| 小学校入学 | 1961年(6歳) |
| 小学校卒業 | 1967年(12歳) |
| 中学校卒業 | 1970年(15歳) |
| 高校卒業 | 1973年(18歳) |
| 二十歳 | 1975年 |
| 大学卒業 (4年制) | 1977年(22歳) |
1955年(昭和30年)は、戦後10年の節目にあたり、政治と経済の枠組みが大きく組み替わった年だった。10月13日に左右の社会党が統一し、11月15日には自由党と日本民主党の保守合同で自由民主党が結成され、以後長く続く「55年体制」が成立した。経済企画庁による『経済白書』は翌1956年に「もはや戦後ではない」と記すが、その土台はこの年の高い成長率と神武景気の入口にあった。
社会面では5月11日に国鉄宇高連絡船・紫雲丸が瀬戸内海で第三宇高丸と衝突沈没し、修学旅行中の児童ら168名が犠牲となる海難事故が発生した。8月には第1回原水爆禁止世界大会が広島で開かれ、前年のビキニ水爆実験への反核運動が国民的な広がりを見せた。プロレスでは力道山とシャープ兄弟、デストロイヤーらの試合が街頭テレビに人だかりを作り、空手チョップが流行語となった。
文化では石原慎太郎が小説『太陽の季節』で第1回文学界新人賞を受賞(翌年芥川賞・映画化)、若者の風俗を「太陽族」と呼ぶ流行語の発端となった。トヨタ自動車工業は1月にトヨペット・クラウン(初代)を発売し、純国産乗用車の量産が始まった。家電では8月に東京通信工業(後のソニー)がトランジスタラジオTR-55を発売。ラジオでは菊田一夫脚本『君の名は』の余韻が残り、テレビ放送(NHK・日本テレビ)はまだ受像機の普及途上にあった。
▼ 主な出来事
▼ この年の流行語・キーワード
▼ 1955年のインデックス
小学生時代(1961〜1967年)は、高度経済成長の真っ只中で過ごした時期。1961年に国民皆保険・皆年金が実現し、所得倍増計画のもとで家庭にテレビ・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」が浸透していった。1964年10月10日には東京オリンピックが開幕し、それに合わせて10月1日に東海道新幹線(東京〜新大阪)が開業、首都高速も整備されて都市風景が一変した。
テレビでは『鉄腕アトム』(1963年〜)と『鉄人28号』(1963年〜)が国産連続テレビアニメの幕を開け、特撮では『ウルトラQ』(1966年)『ウルトラマン』(1966〜1967年)が日曜夜のお茶の間を独占した。少年マンガは『少年マガジン』『少年サンデー』が1959年創刊で部数を伸ばし、白土三平『忍者武芸帳』『カムイ伝』、赤塚不二夫『おそ松くん』が同時代に並走。駄菓子屋では明治ミルクチョコレート、グリコのプリッツ(1962年発売)、けん玉や日光写真が定番の遊び道具だった。
社会の出来事としては、1964年の東京五輪に向けたカラーテレビ普及、1965年の日韓基本条約調印、1966年のビートルズ日本武道館公演などが、子供心にも「外の世界」を意識させる節目となった。受験戦争という言葉が新聞紙上に頻出し始めたのもこの頃である。
中学生時代(1968〜1970年)は、いざなぎ景気の好況下で社会が大きくうねった時期と重なる。1968年12月10日に府中で三億円事件が発生、1969年1月には東大安田講堂事件、1970年3月には日本万国博覧会(大阪万博)が開幕し、6,400万人以上を動員した。同年11月25日には三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺し、戦後社会に強い衝撃を与えた。
音楽はグループ・サウンズが頂点を迎え、ザ・タイガース、ザ・テンプターズが歌番組を席巻、フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』(1967年末〜1968年)が大ヒットした。マンガでは手塚治虫『どろろ』、白土三平『カムイ伝』、本宮ひろ志『男一匹ガキ大将』が読まれ、玩具ではダイヤブロックが1968年に登場。家庭にはマイカーが届き始め、レコード店とよろず屋が中高生のたまり場になっていた。
▼ このころのインデックス
高校生時代(1971〜1973年)は、戦後体制が揺らぎ始める節目に当たる。1971年8月にニクソン米大統領がドル・金交換停止を発表(ニクソン・ショック)、12月のスミソニアン合意を経て1973年2月には円が変動相場制へ移行した。1972年には2月のあさま山荘事件、5月15日の沖縄返還、9月29日の日中国交正常化(田中角栄首相訪中)が相次ぎ、1973年10月には第一次オイルショックがトイレットペーパー騒動を引き起こした。
若者文化では1971年に日清『カップヌードル』が発売され、翌72年のあさま山荘事件で機動隊員が食べる映像とともに全国区となる。テレビは『仮面ライダー』(1971年〜)が変身ブームを生み、『タイガーマスク』『エースをねらえ!』『刑事コロンボ』が世代を問わず視聴された。ファッションではラッパズボン(ベルボトム)、音楽では吉田拓郎ら関西フォークから日本語ロックへの流れが本格化していった。
二十歳前後(1974〜1977年)は、狂乱物価とオイルショック後の調整局面で社会人の入口を迎えた時期。1974年は戦後初の実質GDPマイナス成長を記録し、田中角栄首相が金脈問題で12月に退陣、三木武夫内閣が発足した。10月14日には長嶋茂雄が現役を引退、サンリオは11月にハローキティを発表した。1976年2月にはロッキード事件が表面化し、7月に田中前首相が逮捕されるなど、政治不信が深まった。
音楽では吉田拓郎、井上陽水、矢沢永吉らが「ニューミュージック」と呼ばれ始め、アイドル分野では山口百恵・桜田淳子・森昌子の花の中三トリオ、新御三家として西城秀樹・郷ひろみ・野口五郎が活動した。1977年8月には王貞治が通算756号本塁打でハンク・アーロン超え(注:実際は1977年9月3日。世間の話題が続いたのは1977〜78年)。テレビでは『傷だらけの天使』(1974〜75年)、永井豪原作の『ゲッターロボ』『グレートマジンガー』、円谷の『ウルトラマンレオ』が放映され、デパート屋上の遊園地が休日の家族レジャーの中心であった一方、ゲームセンターという言葉も少しずつ定着していった。
▼ このころのインデックス
1954年に生まれた人物。学年では1年先輩にあたる人たち。
1956年に生まれた人物。学年では1年後輩にあたる人たち。
A. 1955年(昭和30年)生まれの方は、今年で71歳になります(誕生日を迎えていない場合は70歳)。
A. 1955年は昭和30年にあたります。
A. 1955年生まれは未年(ひつじ)です。
A. 標準的には小学校入学が1961年、中学校入学が1967年、高校入学が1970年、二十歳になるのが1975年です。
A. 自由民主党結成・55年体制成立(11月15日)、社会党再統一(10月13日)、紫雲丸沈没事故(5月11日)、第1回原水爆禁止世界大会・広島(8月)、トヨペット・クラウン初代発売(1月)、ソニー製トランジスタラジオTR-55発売(8月)、石原慎太郎『太陽の季節』文学界新人賞、力道山プロレス全盛・街頭テレビ。
A. 1961〜1967年にかけて、007シリーズ、けん玉、ナショナルキッド、映画館(名画座)、河童の三平などが流行しました。
A. 1970〜1973年にかけて、LSIゲーム、エースをねらえ!、カップヌードル、サッポロ一番、ステレオなどが流行しました。